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【その男は”誰”なのか】本屋大賞入賞作『ある男』

 

 私の愛した夫は、いったい誰だったの……? 

 

 

 

 

 

 

〈あらすじ〉

 

 

 弁護士である城戸章良(きど あきら)は過去に離婚調停を依頼した里枝から再び連絡が来た。その内容は「死んだ夫の身元を調べて欲しい」という旨のものだった。

 

 里枝は城戸に事の経緯を話す。里枝の夫は、彼女の親が経営する文具店にふらっとやってきた。何となく常連客になったころ、二人は友達になった。男は「谷口大祐」と名乗った。その後、そういう縁もあり二人は結婚したが、「大祐」は山での仕事中に事故でなくなってしまう。生前、家族には知らせないで欲しいということが「大祐」の願いだったが話し合った結果、「大祐」の家族には知らせるべきという結論になり、彼の実家に手紙を送る。ほどなくしてやってきた大祐の兄は遺影を見るとこう呟く。

 

「ああ、……どなたですか?」

 

 驚くべきことに、里枝が知る「大祐」は、本当の『大祐』とは別人だったらしい。この珍事件に警察は思うように動いてくれなかった。そこで里枝は城戸に解決を依頼をしたのであった。城戸は自称「谷口大祐」をXと呼び、捜査を進める。

 

 Xが語る『谷口大祐』の経歴は、本物の『谷口大祐』の経歴とそん色はなく、さらに本人にしか知り得ないような家庭環境まで知っていた。 また、里枝は「X」の過去にはほとんど触れていなかったため、いよいよ「X」が何者か、謎が深まっていった。

 

 Xは何故、「谷口大祐」を名乗ったのか、本物の『谷口大祐』はどこに行ったのか? 謎が謎を呼ぶ、サスペンス・ミステリー要素が詰まった一作。

 

 

 

〈見どころ〉

 

 この作品は2019年本屋大賞にて5位に入賞した作品です。

 著者の平野さんは京都大学法学部ということもあってか、法的観点からもこの奇怪な事件に挑んでいます。

 

 また、平野さんが執筆した第二回渡辺淳一文学賞受賞作『マチネの終わりに』は2019年11月1日公開ということもあり、今話題の一人です。

 

 この本は

① ミステリー好きな人

② 不思議な本の世界に迷い込みたい人

③ ビターな雰囲気を味わいたい人

 におすすめです!

 

 

見どころ① 深く長い迷宮

 

 この小説の肝は『X』という男でしょう。この男の、不可思議で不気味な要素がおもしろい点でもあります。

 

  城戸は、『X』の正体を探るため、あらゆる可能性を探ります。彼の本当の過去・目的を想像し、それだけを手掛かりに探そうとしますが、それでもなかなか確かな人物像が浮かび上がってきません。知ろうとすればするほど謎めいているのです。

 

 そもそも、なぜ里枝が住む町にやってきたのか。「X」はなぜ「谷口大祐」を自称したのか。ほとんど手掛かりがないまま進む捜査はなかなかにドラマチックです。

 

 そのため、城戸はますます想像を張り巡らせます。その想像を見るというのも不思議な感覚で、見ているこちらもドキドキさせます。「本当のXはこんな人物じゃないか」とか「いや、それはないでしょ。いや、でもありえるのか?」など、読者側の想像力を膨らませる役目もあります。

 「X」の正体についての謎解き、なかなか面白いです。

 

 

見どころ② 人物像の深さ

 

 この小説は、登場人物の経歴にこだわりを持っていると感じました。物語に直結する部分の過去にのみ触れる小説が多い中、この小説では少し外れた部分にも言及しています。

 

 例えば主人公の城戸は在日三世であるということから始まり、そこから派生して多くの悩みや考えに帰着します。また、東日本大震災にも触れており、そういった「自然の禍々しさ」を感じた男性という一面も描いています。

 この他にも、大勢の過去に触れられており、城戸はそういった性質に触れることから苦悩するさまも描かれています。

 

 

 また、大筋とは外れた内容から、ミスリード的な城戸の考察も紛れているのも興味深い。在日三世という見解からは、「X」はスパイだったのではと疑うし、東日本大震災に触れたときには「X」が戸籍をもたないものではないかと疑います。

 そのような小説として幅を広げ、読者をあっちこっちに振り回しているところも面白いかったです。

 

 

 

見どころ③  少し大人な雰囲気

 

 主に登場する城戸と里枝など、年齢を考えると30~40代で、大人っぽい雰囲気が楽しめます。

 子供をもつ親の気持ち、マンネリ化した夫婦関係、新しい女性との出会い、今後の生き方……などなど。ほろ苦く、渋い人物が描かれているところも面白いですね。

 

 

 

 

〈総評〉

 

 

 まさに小説という迷宮に紛れ込むような内容でした。城戸の考察に振り回され、展開を絞り切れずに最後まで読むのはある意味では冒険要素が紛れています。

 事件自体は解決するのですっきりするかと思いますが、城戸を取り巻く環境がモヤモヤするままで終わってしまうので、小説にすべてを求める人にとっては微妙な内容になるかもしれません。

 

 一方で、城戸という男の生きざまや世界観が重点的に描かれているので、同年代の男性であればより深く共感・考察できる一冊になるとは思います。

 

 

 

〈書籍〉

 

平野啓一郎 『ある男』 2018 文藝春秋

 

 

ある男

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