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【あらすじ・見どころ】『旅猫リポート』 有川浩

 

 

 これは一匹と一人の最初で最後の旅。

 僕とサトルはずっとずっと相棒だった。これまでもこれからも。

  

 

 

 

 

 

 〈あらすじ〉

 

 

 運命は大いに僕に痛かった。いつもなら余裕で逃げ切れるはずなのに、不運にもトラックに惹かれてしまった。そんな僕を助けてくれたのは、毎晩僕にカリカリをくれる男だった。すぐさま動物病院に運ばれ、治るまでの2か月間は彼の家で過ごすことになった。野良でありたい僕であったが、家を出ようとすると彼・ミヤワキサトルが悲しそうな顔をするので、サトルの家に住ませて貰うことにした。

 そして5年が経過した。サトルは猫のルームメイトとしては申し分ない人間あり、僕も人間のルームメイトとして申し分のない猫だった。しかし、まもなくサトルと僕はもう暮らせなくなってしまう。新たな僕のパートナーを探すため、サトルの友人を訪ねる僕とサトルの旅が始まる。

 

 

 

 

 

 

〈見どころ〉

 

① 有川浩という人物について

 

 初めに有川浩さんについて触れたいと思います。このかた、デビュー当初はSF・ミリタリージャンルの小説を多く発行しており、自衛隊三部作塩の街』『空の中』『海の底』や『図書館戦争』などが代表作としてあります。歴史小説や戦争関連の小説ではなく、SFと軍事要素を組み合わせるというなかなか珍しい作者さんであります。特殊なジャンルを選択するからといって、そればかりに特化しているのかというと、そうではありません。恋愛・日常・仕事と様々なことをテーマに掲げ、主人公もOLや大学生、県職員と多岐に渡ります。これらのテーマや主人公は一般的かと思うかもしれませんが、SF・ミリタリーという特殊ジャンルを採択すると考えれば、その振り幅はかなり大きいと考えられますね。そういうわけで、有川浩はかなりのオールラウンダーなのです。

 

 毎回色味が異なる小説を書くので、この作品だけではなく他の作品に触れてみるのも面白いと思います。哲学系の小説やホラー系だと「色」でみるとかなり寄ってしまうのですが、彼女の場合は多彩な表現と引き出しを持っているのでそこが魅力的かなと思います。

 

② 過去とこれからをつなぐ物語

 

 ここで注目してもらい点は、有川さんの作るキャラクターです。それだけ振り幅があるにもかかわらず、きちんとキャラが構築されています。もともとSFを書いていただけあって、各登場人物の歴史が作りこまれています。

 

 今回の主人公は猫のナナと社会人のサトシ。ナナとサトルの旅、そしてサトルの過去とこれからを中心として描かれます。

 まず見るべきところは、猫のナナが主人公であるという点でしょう。食べ物、景色、感性。すべてが人間と異なります。人間にとって当たり前であるようなこと、例えば海だって一層大きく見えるし、においだって敏感です。そんな視点の違いに注目して見ると面白いですね。

 

 

 

 

 

 

③ サトシとその友人たち

 

 

 もう一つ注目していただきたい点は、物語の中枢を担う、もうひとりの主人公・サトルについて一人称で語られることがないということです。実はこれ、読み終わってから気づいたんですよね。途中まで全然気づくことなかったです(笑)。では、「サトル」という人間は何故に主人公なのか。それは、ナナと友人によって「サトル」という人物が一番語られているからです。

 

 友人というのは、ナナの引き取り手を探すため、全国各地にいるサトシの元クラスメイトの事です。その友人たちがサトシとの思い出を振り返ることで、昔を懐かしむ、あるいは今これからの話をするという内容になっています。

 この友人によって語られる「サトシ」という人物。これがなかなかに強い人物なんですよね。回想で描かれる「サトル」は積極的に友達を作りにいったり、運動もできて、そして何より優しい。とにかくに思いやりを持つ人物で、性格としては完璧ではないかと思うほどに。加えて壮絶な人生を歩んでいるのに、それを微塵も感じさせないような毅然な態度。とにかく精神力が凄まじくある。

 対して、友人たちはサトルほど強くはありません。学生時代の友人たちはそれぞれ、内向的でなかなか前に進めなかったり、強く振舞おうと虚勢を張っていたり、妬み嫉みから保身に逃げたり。それなのに完璧に近いサトルという人物が近くにいる。だからこそ、一層自分のみじめな姿が映し出されてしまう。正しすぎるが故に友人たちが苦しむ姿が描かれています。

 

 その対比というか、人間関係がなかなか巧妙なんですよね。これ本当に女性作家が書いたのかと思うほどの出来。ここまで男性の恋愛感情を描ける女性作家さんは少ないと思います。

 

 兎にも角にも、ごちゃごちゃした人間関係が成長していく様を見たいという方にはおススメできます。

 

④ サトルとナナ

 

 人間と猫。この一人と一匹の関係がほっこりしていて、かつ深いストーリーが添加されます。

 ナナはサトルの話すことが理解できるけれど、サトルはナナの話すことが理解できない。しかし、サトルとナナはまるで通じるがごとく、息ピッタリで本当の相棒なんだなということがビシビシ伝わってきます。

 

 そして、ナナは当初クールでスタイリッシュな感じで振舞っていました。そのことを忘れずに読み進めていくと、二人の関係がより伝わるかな?と思いました。

 

 

 

 

 

 

〈総評〉

 

 正直に言おう。柄にもなく泣いてしまった。途中からもう泣く準備ができていたがラストの畳みかけはずるい。もう泣くしかないじゃんこれは。本で泣いたのなんか人生で二回目だよ。一回目は『僕は明日、昨日の君とデートする』でした。でもあれは感動物と聞いていたので少しは準備できていたけれど、これは聞いていない。まさに青天の霹靂。

 

 作品としての出来は相当。「サトル」という人間を様々な人が客観的に見ていくという方式も新鮮で楽しめたし、「サトル」という人間を通して変わっていく人々というのも見ていて面白かったです。

 そして、ナナとサトルの最初で最後の旅行。楽しそうであり、一方で悲しい出来事でもある。この時間が永遠に続けばな、という晴れやかながらもしんみりした雰囲気が描かれていて良かったかな。

 

 そこで個人的な評価は92点としたいと思います。もっといろいろ小説読んでみて、それでも良かったら点数上げてしまうかも……。これはぜひともおすすめしたい1冊ですね。

 

 今日もここまでご覧いただきありがとうございました。それではまた明日。

 

 

〈書籍〉

 

 有川浩 『旅猫リポート』(2012) 文藝春秋講談社

 

 

旅猫リポート (講談社文庫)

旅猫リポート (講談社文庫)