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【あらすじ・見どころ】最後の医者は桜を見上げて君を思う/二宮敦人

〈あらすじ〉

 「死神」。医師としては似つかわしくない渾名を持つ男、桐子。彼は七十字病院の医師や患者の間ではそう呼ばれている。

 桐子は「死」を受け入れることも医師としては必要なことであると考える。一方、同期で副院長の福原は、彼とは対照的に「奇跡」を信じて治療を続ける。そして、もう一人の医師、音山は二人のような確固たる意志がないがために憂悶する。

 七十字病院に入院する患者たちは各々の思いを抱えて入院している。音山の仲介や、患者たちの持つ固い意思の下、桐子と福原が信念と思っていたものが少しずつ揺れ動く。

 病院現場を3人の医師と患者、その家族の視点から描いた医療小説。

 

 

〈見どころ〉

 

 小説にはテーマが必要、なんて主義ではない。しかし、もしこの小説のテーマを一言で表すとしたのなら「葛藤」だと考える。そして、一貫して「葛藤」がこの小説の見どころだろう。

 

 批判が目的ではないが、医療小説や医療ドラマなどでは「命の大切さ」を訴えかけるものがほとんどであろう。もちろん間違った考え方などとは思ってはないし、緊急を有する現場ではそれが第一優先にされるべき事項だろう。

 しかし、それは一元的な捉え方であり、見方によれば「死」も一つの正解なのかもしれない。そんなことを考えさせられる一冊になっている。

 

 登場する3人の医師は、異なる形で考えを持っている。そのうちにどれが正しいとかどれが間違っているなんてはないとは思う。見方次第では、正義になりうるし、間違いにもなりうる。

 かくいう私もそれぞれの考えに共感することはできた。

 凄まじいほどの惨苦、耐え難いほどの煩悶を経験してでも「生きる」。人生のすべてを擲ち、不可逆で理不尽な「死」という概念。

 この二つのどちらが正解なんて選ぶことは難しいと思う。

 「結局、生きてるんだからいいじゃん」だとか、「そんなに苦しいのなら、いっそのこと死んじゃったほう楽じゃない?」とか思うひともいるだろう。そう、思うことは簡単だ。思って、言葉にして、機械的に文字として並べるだけならば。

 赤の他人。即ち、その苦労も痛みも全く感じていないのだから、安易に意見が言えるのだ。実際の辛さは本人でなければわからない。事実、私も「共感したつもり」のひとりである。

 実際に自分がどの地獄を選ぶか?なんて聞かれても、答えることはできないと思う。

 

 

 小説内で描かれる患者の容体はもちろん現実的ではあるが、それゆえ不気味にさえ感じる。しかし、これが実際に起こることなのだと考えると、そうした現実から逃避したくなる。自分が罹患する確率はもちろんゼロではない。普段は遠ざけているだけで、十分に起こりうる。

 仮に自分がその立場になった時に、「生」か「死」の二択を選ぶことができるだろうか。後悔のない選択をすることができるのか。

 

 読み進めるにあたって、私はそうした思考がグルグルと頭を巡ってしまった。もし自分がこの患者だったらどうするか、最終的にどんな決断をするのか。

 考えてはみたが結論が出せないまま小説を読み終えてしまった。

 

 

 かなり、個人的な意見を挟んでしまったが、この小説はそれほど考えさせられる一冊になっている。これを読んでくださる方や身近な方も、可能性はゼロではない。

 ぜひとも人生の歩み方、自分の倫理観、「生」と「死」の在り方などについて、この小説を読んでもう一度考えてみるのはどうだろうか?

 

 

最後の医者は桜を見上げて君を想う (TO文庫)

最後の医者は桜を見上げて君を想う (TO文庫)

 

 

〈書籍〉

 

二宮敦人 (2018)『最後の医者は桜を見上げて君を思う』 TOブックス